半島マレーシアのカワウソ Otters in Penisular Malaysia

2020年10月21日

図1.タイ南部プルトアダンでのスマトラカワウソ調査前列左端：ブハヌディン氏、後列左から2人目：ブサボン氏、右端：佐々木

2000年から半島マレーシアとタイで、ほとんど情報が無いスマトラカワウソの生息状況ついて、半島マレーシア野生生物国立公園局のブハヌディン (Burhanuddin, Mohd. Nor) さんとタイ国立公園野生動植物保全局のブサボン (Budsabong Kanchanasaka) さんと自動撮影装置などを使い調査を開始しました（図1）。お二人ともそれぞれの国でカワウソを研究して来られた方です。世界中の博物館の標本を調べて、マレーシアにはかつて多く生息していた事を確認したのですが (Sasaki et al. 2009) 、残念ながらその時は、マレーシアで確認できませんでした。

2010年度に、マレーシア国民大学の客員教授として1年間滞在し、半島マレーシアのカワウソの糞を集めて糞DNAから分布を調べました。私は、生態学が専門であり、イタチの研究でこれまでお世話になっていた九州大学の関口猛先生にDNAの実験についてご指導を頂きました。マレーシア国民大学のシューコール先生 (Shukor Md. Nor, 生態学) とバドゥルル先生 (Badrul Munir MD Zain, 分子遺伝学) との共同研究がこの時始まりました。この後、半島マレーシア野生生物国立公園局のパジル (Pazil Bin Abdul Patah) さんが、私の研究を発展させて、博士号を取得されました (Abdul-Patah 2015)。私たちとこの3人の研究者のチームによって、分布、生態、遺伝など多くのことが明らかにされてきていますのでご紹介します。マレーシアでは現在スマトラカワウソ、コツメカワウソ、ビロードカワウソのカワウソ3種が確認されています。ユーラシアカワウソとされているランカウイ島の標本がありますが、ビロードカワウソのようです (Sivasothi 1995)。糞DNAやスマトラカワウソの死体から明らかになった3種の分布を図2に示しました。この調査の欠点は、調査したところしか情報が無いということと、スマトラカワウソは死体の発見のみの確認である点です（図3）。それでも、3種とも半島マレーシアに広く分布していることが分かります。

図2. 半島マレーシアのカワウソの分布（Abdul-Patah et al. 2020より）
Distributions of otters in Peninsular Malaysia using fecal DNA and road killed otters.
黄色四角：スマトラカワウソ、赤丸：コツメカワウソ、黒三角：ビロードカワウソ

図3. 泥炭湿地林の近くの道路で見つけたスマトラカワウソの交通事故死体
A road killed hairy-nosed otter near peat swamp forests in Pekan

では、どのような環境に生息しているのでしょうか。私たちはスマトラカワウソの交通事故死体を、泥炭湿地林、アブラヤシ植林地、スズ鉱山跡の池など近くで見つけています。これ以外に、北部のケダ州やパハン州の熱帯林で自動撮影による確認が行われ、多様な環境に生息していることが明らかになりつつあります。図4には、コツメカワウソとビロードカワウソの生息地選択を示しました。コツメカワウソは、水田に多く、小さな河川を利用し、海岸林やマングローブ林では水辺を利用していました。ビロードカワウソは、水田、大きな河川、マングローブ林、スズ鉱山跡の池を利用していました。マングローブや大きな池では、ビロードカワウソが泳ぐ姿が観察できます（図5）。ビロードカワウソが水田で観察されるのに驚かれる方がおられるかもしれません。私たちが調査している水田地帯では、ビロードカワウソとコツメカワウソの糞が水田地帯で水路ごとに交代で採集されたりしています。水田やその周辺の水路には多くの小魚がおり、良い餌となっています。

図4. コツメカワウソ（青）とビロードカワウソ（赤）の生息地選択（Abdul-Patah et al. 2014 より）
Habitat selections by small clawed and smooth-coated otters in Peninsular Malaysia.

図5.マングローブで魚をとるビロードカワウソ
A smooth-coated otter in mangrove.

コツメカワウソとビロードカワウソ何を食べているかを示したのが図6です。色が図4と入れ替わっているのでご注意ください。コツメカワウソは、昆虫、魚、カニ、カタツムリなどいろんな餌を食べているのに対して、ビロードカワウソは魚を主に食べており、エビは養殖場に侵入して食べたものです。

図6. コツメカワウソ（赤）とビロードカワウソ（青）の餌選択（Abdul-Patah et al. 2014 より）
Food habits of small clawed and smooth-coated otters in Peninsular Malaysia.

糞から抽出したDNAを用いて遺伝的な分析も行なっており、コツメカワウソ、ビロードカワウソ、スマトラカワウソの系統的位置関係を分析し、コツメカワウソについてはタイとマレーシアのケランタン州以北とは遺伝的に異なるグループ（クレード）について新亜種、 Aonyx cinereus kecilensis を提案しています（図7, Rosli et al. 2014 and 2015）。

図7.コツメカワウソの亜種の提唱（Rosli et al. 2014を修正）
New subspecies of the small clawed otter.

現在、水田地帯のコツメカワウソとビロードカワウソの関係について、分析が難航していますが、糞DNAから性判定、個体識別まで行なう研究を進めています。予算獲得を目指している研究は、スマトラカワウソについて環境DNAから調べていくプロジェクトと、シンガポールでビロードカワウソとされているカワウソが全てコツメカワウソとの雑種であることから、マレーシアに雑種がどれくらい浸透しているかを調べるプロジェクトです。まだまだ研究することが山積みです。

In Penisular Malaysia, hairy-nosed otters were surveyed with Mr. Burhanuddin (Department of Wildlife and National Parks) from 2000 but we failed to find it. From 2010, I started to study otters in Peninsular Malaysia with Dr.Shukor and Dr. Badrul (UKM) and Dr. Sekiguchi (Kyusyu Univ.) using Fecal DNA. Mr.Pazil got Ph.D. by the study of distribution and ecology of otters in Peninsular Malaysia after my study. Our several papers shows the distribution, habitat selections, food habits of otters in Peninsular Malaysia. Our team will try to get fund for the studies of hairy-nosed otter by eDNA and hybrids between small clawed and smooth-coated otters in Peninsular Malaysia.

Abdul-Patah, P., Nur-Syuhada, S., Shukor, M.N., Sasaki, H. and Md-Zain, B.M. 2014. Habitat and Food Resources of otters (Mustelidae) in Peninsular Malaysia. AIP Conference Proceedings 1614:693-699.
Abdul-Patah, P. 2015. Distribution and Ecology of otter (Mustelidae) in Penisular Malaysia. Ph.D. Thesis, UKM University, Malaysia.278pp.
Abdul-Patah, P., Sasaki, H., Sekiguchi, T., Shukor, M.N., Mohd-Yusof, N.S., Abdul-Latiff, M.A.B. and Md-Zain, B.M. 2020. Molecular DNA-based spatial mapping technique predicting diversity and distribution of otters (Lutrinae) in Peninsular Malaysia using non-invasive fecal samples. Mammal Research：https://doi.org/10.1007/s13364-020-00532-9
Rosli, M.K.A., Syed-Shabthar, S.M.F., Abdul-Patah, P., Abdul-Samad, Z., Abdul, S.N., Burhanuddin, M.N., Zulkifli, N.A., Shukor, M.N., Budsabong, K., Changtragoon, S., Sekiguchi, T., Sasaki, H. and Md-Zain, B.M. 2014. A New Subspecies Identification and Population Study of the Asian Small-Clawed Otter (Aonyx cinereus) in Malay Peninsula and Southern Thailand Based on Fecal DNA Method. Scientific World Journal Volume 2014, Article ID 457350, 11 pages.
Rosli, M.K.A., Abdul-Patah, P., Syed-Shabthar, S.M.F., Burhanuddin, M.N., Sekiguchi, T., Sasaki, H., Shukor, M.N., Yaakop, S. and Md-Zain, B.M. 2015. Phylogenetic relationships of the Malay peninsula otters (Lutra sumatrana, Lutrogale perspicillata, and Aonyx cinereus) based on DNA sequences of mitochondrial D-loop region. The Journal of Animal & Plant Sciences, 25(3):836-843.
Sasaki, H., Burhanuddin, M.N. and Kanchanasaka, B. 2009. Past and present　distribution of the hairy-nosed otter Lutra sumatrana Gray 1865. Mammal study 34: 223-229. Sivasothi, N. 1995. The status of otters (Carnivora:Mustelidae:Lutrinae) in Singapore and Malaysia, and the diet of the smooth otter (Lutrogale perspicillata) in Penang, West Malaysia. Master Thesis, National University of Singapore,196pp.