国際シンポジウム「⽇本のカワウソのこれまでとこれから −海外の事例から考える−」を終えて

国際シンポジウム開催の経緯

 環境省は 2012 年に⽇本のカワウソを絶滅としました。しかし 2017 年に対⾺でカワウソが⾃動撮影装置に記録されたことから、環境省は当協会の理事⻑らに依頼して 2022 年度まで⽣息状況調査を実施し、雄 2 頭以上雌 2 頭のユーラシアカワウソの⽣息を確認しました。これらは遺伝⼦調査から韓国から流れ着いた可能性が⾼いことが明らかにされました。2022 年度は⾜跡が散発的に確認されるだけとなったため、対⾺ではカワウソは繁殖していないとして環境省は 2023 年度から調査を打ち切りました。しかし、2024 年 2 ⽉にナチュラリストの⽅が対⾺でカワウソの糞を発⾒し、⾼知⼤学でその遺伝⼦解析が⾏われ、これまでと同系統のカワウソの糞であることが明らかになりました。⾜跡もこの1、2 年で多く発⾒されており、野外での寿命は 5 年程度とされているカワウソが 2017 年から 7 年たっても確認されるのであれば、対⾺で繁殖しているか韓国からの漂着が続いているのではないかと考えられます。

 対⾺のカワウソが忘れられつつある今、⽇本にカワウソがいることを広く知っていただき、多くの⽅とこれから何ができるかを考える機会として、カワウソのこれまでとこれからについて考える国際的なシンポジウムを開催しようと考えました。そこで、READYFOR にて「絶滅させてしまったカワウソのために、私たちができること」というクラウドファンディングを募り、166 名の⽅から 150 万円の寄付をいただくこととなり、国際シンポジウムが実現しました。

国際シンポジウムのプログラム

8 ⽉ 27 ⽇ 対⾺博物館にて地域住⺠との交流会 於:対⾺博物館
 1. ⽇本のカワウソの歴史と対⾺の現状:佐々⽊ 浩
 2. オランダにおけるカワウソの復活:アディ・ディ・ジョン
 3. 韓国におけるユーラシアカワウソ(Lutra lutra)の現状:ハン・ソンヨン
 4. 対⾺の海の現状〜磯焼けと⽔産資源〜:釜坂 綾
 5. 質疑応答

8 ⽉ 28 ⽇ 対⾺のカワウソ⽣息地視察
8 ⽉ 30 ⽇ 於:⻑崎市⽴図書館1階「新興善メモリアルホール」
8 ⽉ 31 ⽇ 於:東京農業⼤学 世⽥⾕キャンパス 横井講堂

8 ⽉ 27 ⽇の対⾺博物館での交流会には 16 名、30 ⽇の⻑崎市⽴図書館「新興善メモリアルホール」でのシンポジウムには 36 名、東京農業⼤学横井講堂でのシンポジウムには 95名、総数 147 名が参加するシンポジウムとなりました。どの会場でも、幅広い年齢層の⽅々に参加していただき、あらためて⽇本の野⽣動物問題にさまざまな⼈が関⼼を寄せていることが実感されました。


講演内容
⽇本のカワウソの歴史と対⾺の現状:佐々⽊浩(日本アジアカワウソ保全協会理事長・筑紫女学園大学) 
 ⽇本におけるニホンカワウソの歴史的経緯について紹介した。戦後の再発⾒、天然記念物指定、そして絶滅に⾄る過程が明らかにされた。1960 年代に保全されていればニホンカワウソの絶滅はなかった可能性が⽰された。実際、イギリスでは 1971 年にオッタートラストが設⽴され、ドイツでも 1979 年にカワウソの研究施設が設置されていた。当時のカワウソの死亡事由は、漁網での溺死、撲殺、交通事故、飼育繁殖のための捕獲後の死亡など、⼈間活動に起因していた。これに加え、1960 年代には農薬の毒性も⾼く、⽣息地の破壊などニホンカワウソがさらされている脅威がいかに深刻なものであったのか、様々な⾓度から検討された。2017 年の対⾺でのカワウソの再発⾒についても詳細な分析が報告された。遺伝的には、韓国のユーラシアカワウソと同系統の個体が複数⾒つかったこと、⾜跡や糞などの痕跡は継続的に⾒つかっていることが紹介された。これらのことから対⾺のカワウソが⾃然に分布を広げたものであることが⽰されていた。また、韓国から対⾺への分布の拡⼤についても、海流や⾵向きが検討された。対⾺に⽣息し続けていたという意⾒も紹介されたが、いずれにせよ、韓国と交流のある同系統の個体群であることが⽰された。現在の⽇本で、ユーラシアカワウソの回復を図るには、対⾺が最適な環境であると指摘された。対⾺のユーラシアカワウソ個体群を増やしていくためには、磯焼けが広がり⿂が減りつつある対⾺の⽔界⽣態系を豊かなものに変えていき、対⾺のカワウソの⽣態に関する調査研究を続け、カワウソがどれだけ⽣息可能なのかどうか、カワウソの⽣息地の実現可能性に関する研究が必要であり、地元住⺠の⽣業とのコンフリクトを起こさないように、⼗分な説明と理解が必要になる。必要であれば、対⾺と遺伝的に同系統の個体を放して、対⾺のカワウソ個体群を補強することも⽇本のカワウソを回復させることにつながるということが指摘された。

対馬会場での佐々木(本協会理事長)の講演

オランダにおけるカワウソの復活:アディ・ディ・ジョン(カワウソステーション財団)
 オランダでのカワウソの再導⼊の成果について報告された。オランダで、カワウソの主な脅威となったのは、ロードキル、⽔質汚染、ハンティング、農薬、漁網、ハビタットの断⽚化で、その結果としてオランダではカワウソはいなくなった。カワウソが存在していることの重要性が指摘された。多くの⾃然、連続した広い領域、きれいな⽔、⼗分な⾷べ物がカワウソの⽣活に必要であることから、カワウソを淡⽔域の⼤使に任命し、淡⽔環境の回復をその使命とすることで、カワウソの保全が、ひいては⼈の⽣活環境の改善に繋がる仕組みとなっていた。 
 再導⼊の前には、実現可能性についての研究を⾏い、再導⼊個体についても遺伝的な研究を⾏い、それらを満たしたうえで再導⼊が⾏われた。最導⼊個体の捕獲にも多くの配慮が⾏われ、専⾨家による、捕獲時の事故をおこさないための努⼒や、授乳中のメスは放すなどの対策が講じられた。およそ 20 年で 650 個体にまで増加し、その後ベルギーにも分布を広げていったことが明らかになった。再導⼊後にも、遺伝的多様性を増加させるために、追加で個体を導⼊したり、個体数が増加するに従ってロードキルなどの問題が⽣じたために道路の下を通過するカワウソの道を作ったりして対応した。⽇本でのカワウソの個体群の回復も可能だろうし、カワウソは⽇本の伝承の中でも重要な野⽣動物なので⽂化的にも⼤きな意味を持つことだと指摘された。

東京会場でのアディさんの講演

韓国におけるユーラシアカワウソ(Lutra lutra)の現状:ハン・ソンヨン(韓国カワウソセンター所長)
 韓国でもユーラシアカワウソは天然記念物に指定されていることや、カワウソの⽣態、個体密度に関する検討が紹介された。また、韓国でのカワウソの脅威についても説明があり、漁網、⽣息場所の断⽚化、ロードキルなどが主な脅威となっていた。
 韓国でのカワウソの保全状況については、韓国カワウソ研究センター(KORC)の役割や、教育の重要性についての指摘があった。カワウソに対する脅威への対策として、カワウソが溺れることのない仕掛けのついた漁網や、エコロジカルコリドーの設置、橋の下の通路の設置、カワウソの⽣息場所となるような⼈⼯筏の設置などが紹介された。また、野⽣動物には国境は関係ないことも強調されていた。もしも、対⾺のカワウソがニホンカワウソの⽣き残りでないことが理由で対⾺のカワウソの保全が軽視されるようなことがあったら、それは残念な出来事で、オランダでは近隣諸国のカワウソを持ち込み、再導⼊に成功し、隣国にも拡⼤しているので、野⽣動物の保全を考えるときに、国境に縛られてはならないと主張されていた。

長崎会場でのハンさんの講演

対⾺の海の現状〜磯焼けと⽔産資源〜:釜坂綾(元対馬市島おこし協働隊 海の森再生支援担当) 
 対⾺の野⽣⽣物を研究されている。対⾺の磯焼けについて報告された。対⾺の地理的な状況や、⾷⽂化、⿂類の多様性などについて紹介があった。海藻と海草について紹介があり、なかでもアマモの映像は、タルコフスキーの「惑星ソラリス」を彷彿とさせる美しさであったが、沿岸⽣態系の変化によって、その映像の撮影地ではすでにアマモが消滅しているという衝撃的な報告もあった。このような豊かな対⾺の⽣態系も、他の地域同様に多くの問題を抱えており、シカの⾷害により、森林の下⽣えがほとんど⾷い尽くされており、⼭の保⽔⼒が落ちて河川が⼲上がることもあれば、⾬が降ると深刻なエロージョンが⽣じる。沿岸域を⾒れば、河川からの⼟砂の流⼊も問題だが、海岸線に延々とつづく漂着ゴミも⼤きな問題となっている。今回は、沿岸⽣態系を中⼼に紹介されていたが、その他にも対⾺には⼤変豊かな⽣物多様性がみられる。ツシマサンショウウオや近年発⾒されたタゴサンショウウオのような対⾺に固有のサンショウウオが⽣息していることで、対⾺の⽣態系がユニークで重要であることが紹介されていた。

長崎会場での釜坂さんの講演

番外編
 ⻑崎会場では、⾹港から参加していた HUIKa Yiu, Michael さんから、⾹港周辺でのユーラシアカワウソについて紹介があった。⾹港では、1960〜80 年代に、カワウソが⼀時絶滅していたかもしれないと考えられている。⾹港でのカワウソの主な脅威は、宅地化よる⽣息地の減少、コンクリート護岸、漁網、エレクトリックショッカー、野⽝による被害、糞に含まれるプラスチック、プラスチックボトルが⾸輪のようになったりすることだそうだ。また、認知度も低く、⽇本酒の獺祭は知られていても、カワウソが⽣息することを知らない市⺠も多いという。今後、⾹港では、個体群構造や、遺伝的な関係についてより詳細な研究を進めていく予定だという。

長崎会場でのマイケルさんの講演

質疑
 ⻑崎会場と東京会場では、公演後の休憩中に参加者からの質問をいただき、それをもとにして質疑応答・パネルディスカッションを⾏った。そのうち、いくつかを紹介する。

対⾺の個体数の回復の可能性
 アディさんもハンさんも、可能性を感じておられた。ただし、餌の資源量や、⽣息環境の改善、⽣息状況を把握するための調査などの課題についても指摘があった。特に、系統だった研究の重要性と、⽣息地の回復がきちんとなされることが必要だという指摘に演者らは合意していた。なぜカワウソを保全するのかカワウソは、地域の⽣態系の最⾼次の捕⾷者で、⽣物学的に重要な存在であること、カワウソの保全を⾏うことで淡⽔の⽣態系の保全が実現することにもなる。また、⽂化的にも、⺠俗学的にも重要な存在で、カワウソを望んでいる⼈がいるというような指摘があった。

漁業関係者の意識について
 対⾺では、まだ問題になっていないのであまり考えられていないかもしれない。海外の事例では、カワウソが⾷べる被害は、実際にはそれほど⼤した量にはならないことや、広い範囲を⾏動圏とすることなどを、何度も説明することで、漁業関係者からの理解が得られるという事例もある。韓国でも養⿂場で問題になることがあるが、保護動物であることが知られているために、好まれてはいないかもしれないが了解されているようである。

教育について
 韓国では、カワウソセンターで中⼼的に教育を重視している。来場者には、カワウソは可愛いというイメージがついている。興味を持ってくれてセンターに⼦どもたちが来る。こうした来場者、⼤学⽣、学⽣、⼦どもたちに向けた教育を重要視している。オランダでは、最導⼊に向けて⼤変美しいオッターパークがつくられ、年間8万⼈もの来場者があり教育活動が⾏われた。再導⼊するにあたりその役割を終えて動物園となっている。また、⼦どもたちに伝えていくことで、次世代を育成することが、⼀⾒遠回りのようで、最も近道なのではないかという意⾒もあった。

東京会場での質疑

⽣息環境の視察
 今回、これまでに⾜跡や糞が⾒つかった地点を訪れてカワウソがどのような環境利⽤をしているのか意⾒交換が⾏われた。対⾺野⽣動物保護センターにも⽴ち寄り、対⾺の陸上⽣態系の抱える問題について視察した。また、対⾺北⻄部沿岸域については船を使って海側から、海岸沿いの環境を観察し、漂着ごみ問題などの現状を把握した。なお、対⾺での交流会では、時間の都合上、それぞれの演者の発表のショートバージョンの発表をお願いした。参加者の皆様からは、講演内容については、貴重な機会である、専⾨家の意⾒を聞くことができた、などたいへん肯定的な意⾒をいただいた。今回、⼗分に議論していないニホンカワウソの分類学的な位置づけや、希少野⽣動物の分布拡⼤の重要性についての議論を求める声もあった。また、スクリーンのサイズや、翻訳精度など、同時通訳にも課題を残した。

対馬野生動物保護センターでの様子

おわりに
 クラウドファンディングのサポートを受けて実施することができた、今回の国際シンポジウムは、参加者にも主催者にも、あらためて今後何をしていく必要があるのか意識する⼤きなきっかけになったのではないかと思います。オランダでは、今から約 40 年前の1985 年にオランダ・オッター・ステーション財団が設⽴されてから再導⼊までに⼗数年の歳⽉が必要でした。その後、約 20 年かけて、最導⼊個体が約 650 頭にまでなりました。シンポジウムでも、本協会の佐々⽊が指摘したように、⽇本でこれから活動を始めたら 20年後のカワウソの姿を⾒据える必要があるでしょう。2017 年の対⾺におけるカワウソの再発⾒、2025 年のこの国際シンポジウムが、あとから振り返ったときに起点となるように本協会としては活動を続けていきたいと思っています。今後とも、様々なご⽀援をどうぞよろしくお願いします。

謝辞
 本シンポジウムは、クラウドファンディングによって⽀援いただいた皆様の協⼒無しには、⽇本アジアカワウソ保全協会だけの⼒では実施することはできませんでした。ご⽀援いただいた個⼈・団体の皆様には、あらためて⼼より感謝申し上げます。また、ご後援いただいた(公社)⽇本動物園⽔族館協会、⻑崎県、対⾺博物館のおかげで、本シンポジウムを盛況のうちに無事開催できました。重ねてお礼申し上げます。⽇本のカワウソの回復という課題に対して、オランダから参加いただいたアディさん、韓国から参加いただいたハンさん、そして、これからカワウソの⽣息地となっていく対⾺の⽣態系の実情を紹介いただいた釜坂さんには、本シンポジウムの趣旨に賛同いただき、快く講演を受けていただきました。本協会の佐々⽊のニホンカワウソの歴史的経緯を踏まえ、カワウソ保全先進地の事例や、カワウソの⽣息地となる対⾺の⾃然の現状の理解なしに、カワウソの回復を実現するために私達に何が必要なのか、実感を伴って参加者が共有できたように思います。そして、対⾺会場、⻑崎会場、東京会場と、複数の会場でシンポジウムを開催し、また、対⾺での⽣息地視察を実施するに当たり、各地のみなさまのサポートなしには、5⽇間にわたる各地での怒涛のスケジュールを実施することができませんでした。対⾺博物館の⾕尾崇⽒、対⾺で現地視察に協⼒いただいたみなさん、⻑崎県⽣物学会の村⽥孝道⽒、東京農業⼤学・熱帯作物保護学研究室の学⽣のみなさん、そしてその他、ご参加、ご協⼒いただいた多くの皆様に、深く感謝申し上げます。今後とも様々な形で世界のカワウソの保全活動にご理解とご協⼒をお願いしたいと思います。

以上

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